夏DOKIリップスティックと通学ベクトル/アイドルソングの作り方

℃-uteコンサートツアー2010夏秋〜ダンススペシャル!!「超占イト!!」〜の千秋楽に行ってきた。
今回のツアーでは本編ラスト曲が「夏DOKIリップスティック」、アンコールラストが「通学ベクトル*1と、2ndミニアルバムからのチョイスであった。御存知の通り、前者が矢島舞美、後者が鈴木愛理のソロ曲であり、今回はその2曲を全員で歌っていた。


今日の日本の音楽業界では、もはやCDが売れないために現場(ライブ)重視にシフトしているという話をしばしば耳にするが、アイドル業界にしても、未だにCDの売上数が人気のバロメーターとして機能しているものの現場重視であることには変わりはない。むしろ握手会やイベント参加券の乱発という状態を見るに、アイドル業界の方がその傾向は激しいと言えるかもしれない。
そのような状況において、アイドルが歌う楽曲は「ライブで歌うこと」を少なからず意識して作られている。ソースは定かではないがAKB48の楽曲はプロデューサーの秋元康が「MIXが打てること」を前提に作曲させているという話を聞いたことがあるが、おそらくそのような意識は確実に存在していると思われる。実際に自身が作詞・作曲をこなすつんく♂氏も「現場」を意識した曲作りはもちろん行っており*2、特に通学ベクトル・夏DOKIリップスティックが収録されているアルバム『2mini〜生きるという力〜』はそのようなコンセプトで作られたミニアルバムであると思われる。
以下につんく♂氏のオフィシャルサイトから楽曲コメントを引用する。
URL:http://www.tsunku.net/pw_Music.php?@PS@=none&@DB_ID@=371

(前略)
M-4 通学ベクトル
雨の日って不得意な人、多いでしょ?!
僕もその一人です。
この曲の主人公も、初恋の人に出会うまでは、雨が苦手だったかもしれませんが、
今となっては、雨が待ち遠しいのです。
人間の好き嫌いってほんの些細なことがきっかけで、急遽どんでん返しがあるものですよ。
この春から中学生になる鈴木のソロナンバーです。
どんな風に通学するか、わかりませんが、
彼女もこの曲を歌うことをきっかけに雨がすきになるかもしれませんね。
ライブでは、頭の上でクラップでして盛り上がってください!


M-5 夏DOKI リップスティック
アルバムラストナンバーですが、まあ、夏色一色のすごい楽しい曲です。
力強いのですが、矢島の声がさわやかで超耳に入ってくる(食い込んでくる?)声なので、
目いっぱい高いキーに設定して、思いっきり若さを表現しました。
目いっぱい高いキーにすれば、ちょっとした気に緩みがあっては歌いきることができません。
目いっぱいの張り詰めた緊張感のある声でしか、歌うことができない!ということです。
ギターサウンドも力強いし、
歌詞も「夏を全部、自分の手に掴み取ろう!」っていう意気込みが伝わってくるような力強さを盛り込みました。

ということで、5曲ですが、かなり生命力あふれる楽曲が集まったなと思ってます。
ライブが楽しみになったんじゃないですか?!
おたのしみに〜!

℃-uteコンサートツアーで、また時にはハロープロジェクトコンサートで幾度となく歌われてきたこの2曲だが、今回はこのソロ曲をあえてセットリストの2つのラストに配置し全員で歌うことで、矢島・鈴木の2人に頼らない、5人それぞれが輝く新生℃-uteの定着を実に象徴しているように思われた。


さて、この2曲、舞美・愛理を単純に対比する以上に、様々な面で対称性を見ることが出来るのではないだろうか。

通学ベクトルつんく♂氏の楽曲コメントにもあるように、クラップ推奨曲である。今回のツアーでは観客席の照明が点灯し、まさにステージと観客の壁がなく会場全体の一体感を演出していた。この「会場の一体感」やアイドルとファンのインタラクティヴ性は現場の魅力の重要要素の一つであり、これを満たすためにいくつかの基本的な方法が存在する。
まずはこのクラップのようにファン側に特定の応援様式を持たせることである。クラップの他には、例えばAKBに代表されるように多くのアイドル現場で使用されるMIXが有名である。ハロープロジェクトのユニットでは、特定の曲の特定タイミングで特定の応援様式が挿入されるため、比較的ファン歴が長い観客が多いハロプロではなぜか綺麗にこれらの様式がそろってしまうのであるが、初心者にとっては大きな参入障壁となりうる。また、新しい楽曲では様々な要素によって応援様式が発生・定着・変化していく*3
2つ目は、極めて原始的ではあるがメンバーによる「煽り」が存在する。マイクで観客に特定のフレーズを叫ぶよう要請することで、簡単にインタラクティヴな関係を創り上げることが出来る。また、メンバーがマイクを観客に向けて「一緒に歌ってください」と観客に要請することもしばしばある。今回の℃-uteコンサートでは「青春ソング」に加え、千秋楽では「SHINES」も一緒に歌うパターンの曲が組み込まれた。
3つ目は楽曲の振付けの中に観客が真似しやすいようなパターンを組み込む方法がある。普段から「フリコピ」と呼ばれるようにメンバーの振付をできるだけ真似してライブを楽しむ方法も存在し、ここ数年はヲタ芸が廃れフリコピ人口比率が高まっている傾向があるようだが、例えば「大きな愛でもてなして」の振り付けのように観客のほぼ全員が振付を一緒に行うのが定番になっている曲はいくつか存在する。

コード進行等の詳しい音楽の知識はほとんど持ちあわせていないため詳しい分析はできないが、通学ベクトルは極めて「昭和的」なメロディラインのマイナー進行?の曲であり、歌詞のテーマも「雨」となっており、自宅などで音源を聞く時とライブで激しくクラップで盛り上がる時のギャップが仕込まれたなかなか面白い曲であるが、一応ライブではとにかく繰り返し述べたようにクラップによる会場全体の一体感が持ち味の曲である。

歌詞についてもう少し詳しく見てみると、「雨」という暗めのキーワードに加え、明確に想いを寄せる「彼」が存在する、少女の恋の歌である。ますます何故この曲でクラップが推奨されるのか、不思議である。というのも、つんく♂氏の歌詞には独特のパターンが存在することがよく言われている。1番の歌詞では身近な存在に対する愛を語っていたものが、2番以降ではその対象がどんどん拡大し、人類全体・日本・地球・宇宙といった対象を語る歌に変化する、というものだ。その謎の射程の広さが、ファンとアイドルという一対一の関係から、会場全体の一体感という関係性の変化にも繋がるものだが、通学ベクトルにおいてはそのパターンは取られていない。
パート割りなどに目を向けてみると、5人で歌うとはいえやはり愛理のパートが非常に多く、間奏や後奏の「no no no no〜」の部分は愛理の独壇場である。そう、通学ベクトルは5人で歌ったとしても、愛理の歌唱技術と感情表現の上手さが浮かび上がり、それを堪能する曲であるのだ。


これに対し、夏DOKIリップスティックは通学ベクトルとはまったく違った魅力を備えていた。
この歌は個人的にとても気に入っており、特に「Berryz工房℃-ute 仲良しバトルコンサートツアー2008春〜Berryz仮面 vs キューティーレンジャー」において披露されたパフォーマンスはDVDで繰り返し観ていた。
まずこの歌はつんく♂氏のコメントにあるように非常にキーが高く、矢島舞美がソロで歌う際には非常に苦しんでおりかつては音程が全く取れていなかったりキーを下げたり(それで余計に音が取れていなかったり・・・)することもあった。さらにダンスも激しく、間奏ではファンを沸かせることで有名な動きが組み込まれている。そのためまさに矢島舞美がこの曲を歌うときはいつも以上に「全力」であり、非常に彼女に合った名曲である。
さて、この曲のポイントは、通学ベクトルと同じくライブ向きに作られているにもかかわらず、「アイドルーファンのインタラクティヴ性・会場全体の一体感」が重視されていない点である。Bメロでは舞美の名を重ねるコールこそあるものの、ラテンのリズムで激しく進むこの曲にはそれ以外には目立った特定の応援様式が存在しない。おそらく無理やりMIXを入れようと思っても不可能な作りになっているだろう。間奏で「オイ!オイ!」という掛け声すらあまり入らないのは驚きである。ダンスも動きが激しいため、フリコピに燃える者以外は真似をすることも難しい。
通学ベクトルでは愛理のファンであろうがなかろうがクラップに乗せられてつい身体が動いてしまうが、夏DOKIリップスティックではそうは行かない。高すぎるキーと激しいダンスに対して大汗を流しながら全身全力で立ち向かう舞美を見守り、Bメロで大声で彼女の名を叫ぶことくらいしか出来ない。我々観客は息を飲み、暗い会場の中で一人スポットライトを浴びた彼女に引き込まれていく。その舞美の姿は歌詞にもあるようにまさしくきらめく太陽であり、イカロスのごとく我々は太陽に惹かれる。その激しい上昇はラストのサビの転調によりクライマックスを迎える。ただでさえ苦しかったキーが、さらに1音上がる。この転調、そしてラストの「太陽にZUKI ZUKI ZUきゅん♪」により我々は魂を抜かれ、海に落ちてしまうのだ。
そう、この曲ではステージと観客席は明らかに断絶している。ステージ上の太陽に我々の心は焼かれてしまう。太陽を女神と読み替えれば納得する人もいるだろうか。ステージは神々しく、会場は非-日常的な祝祭空間となる。


さて、その夏DOKIリップスティックを5人で歌った今回のツアーではどういう変化が見られたのだろうか。
先程挙げた「Berryz工房℃-ute 仲良しバトルコンサートツアー2008春〜Berryz仮面 vs キューティーレンジャー」では舞美はBerryz工房清水佐紀℃-ute中島早貴というダンスの精鋭2名を引き連れソロで歌い切った。2名のダンス、そして3名による間奏のダンスは圧巻であった。今回のツアーでは、5人はそれぞれ新しい動き(愛理・なっきぃの股抜き、ちっさーマイマイの側転など)を取り入れつつ、歌のパートも5人で割っていた。
転調直前のサビの前半は、まず舞美が歌った。苦しいながらも音程を外すこと無く、持ち歌の意地・リーダーとしての意地、そして成長が感じられた。サビ後半は愛理にバトンタッチ。舞美ほどの力強さはないものの、さすがの安定感を見せる愛理。そして転調。5人で歌うラスト。一番辛い部分で、リーダーをメンバー全員で支える。そんな新たな物語すら1曲の中に生まれてしまった。観客席にいた僕はフリコピどころではなく無意識に身体を揺らすことくらいしか出来ず、魂は身体を離れ果てしなく上昇し、案の定太陽に近づきすぎて焼かれてしまった。アンコールが始まってもしばらくは呆然として動くことが出来なかった。


通学ベクトルよりも夏DOKIリップスティックの方が好きだ、という個人的な好みはあるにせよ、夏DOKIリップスティックのライブにおける魅せ方は特筆すべきものがある。ステージ上のアイドルたちの限界に近い生歌と激しいダンスにより、身体全体から放たれる輝き。観客を特定の動きへ必要以上に誘導せず、真っ向勝負。℃-uteというハイクオリティなアイドルユニットにしか出来ない曲とパフォーマンスだった。


もちろん通学ベクトルを否定しているわけではない。会場の一体感や、アイドルとファンのインタラクティヴ性の確保は極めて有効であり、通学ベクトルでクラップをして跳ね、SHINESで皆で合唱する瞬間はベタに快感である。だが、今回のコンサートツアーではそれ以上に夏DOKIリップスティックの真っ向勝負に引き込まれてしまったし、僕がアイドルのライブに求めているのはこういう瞬間だと再確認した。
「現場主義」時代のアイドルソングの楽しみ方にも、いろいろな種類がある。CD音源を聞くのも当然また違った楽しみがあるが、出来れば今後も夏DOKIリップスティックのようにステージに魂が吸い込まれるような現場をもっと体験したいと思った。

*1:千秋楽のみ「SHINES」が追加

*2:言うまでもないが、当然それ以外のコンセプトを持つ曲もたくさん作られている

*3:この応援様式の発生〜定着〜変遷のプロセスは非常に面白く興味があるのだが、今回は軽く触れるにとどめておく