2015/6/28 JellyBeans☆ラストLIVE〜We&You / "シスター・アイドル・コンプレックス"

栃木のローカルアイドルの星、Jelly Beansのラストライブが終わってから一週間が過ぎようとしてる。
アイドルとしてのきらめきとローカルアイドルとして大きな武器となるようなどこか親しみやすい雰囲気を兼ね備え、ダンスも上手く、有名アイドルグループのカバー曲を多く持ちながらも、なによりオリジナル曲がとてつもなく素晴らしいアイドルだった。
これまでに発売されたシングルCDは僅か2枚。2013年9月発売のデビューシングル『宇宙ノ呼吸』、そして解散が発表されてから発売がようやく決まった2枚目にしてラストシングルの『シスター☆コンプレックス』。『宇宙ノ呼吸』は自分がJelly Beansを初めて見た日(2013年6月)が偶然お披露目日だったということで今でもよく覚えているし、収録されている3曲ともとても気に入っている。

Over The Rainbow〜頑張るあなたへ〜』をカバーしてるということもあり、それから何度か栃木に行ってライブを見てきたが、Jelly Beansの中で最も好きな曲は、『シスター☆コンプレックス』だ。ラストライブで無事にCDを買うことができて、それから毎日ずっと聴いている。

この1年ほど、ずっと音源化を待ち続けてきた曲なので、何度聴いてもいい曲で、Jelly Beansのそれほど多くはない思い出がじんわりと沸き上がってくる。そして、聴けば聴くほど、ほんとうによくできた曲だなと感心するとともに、いつのまにかぼんやりと自分の内面と向き合っている、そんな曲だ。

得てしてローカルアイドルは、有名アイドルグループのカバーで持ち曲の数をかさ増ししているものである。Jelly Beansも例に漏れず、当初は「完コピユニット」として活動していたという。個人的には、ローカルアイドルが有名アイドルグループのカバー曲を歌うのが必ずしも悪いことだとは思わない。またこの曲か、と思うことも多いけれど、よくよく見てみると、いろんなアイドルが同じ有名曲をコピーしていても、そこには必ずばらつきやある種の"個性"が内在しているのがわかる。生身の身体で歌と踊りをコピーをすることは、デジタルデータと違い、「完コピ」が不可能な世界である。良くも悪くもそのブレが即ある種のオリジナルとして立ち上がってしまう。コピーとしてのオリジナルの立ち現れ方に、その土地の空気・文化が感じられるような気がする、そんなところもローカルアイドルアイドルの面白さなのだけれど、それより面白いのは、やはり、オリジナル曲だ。数々の人気のカバー曲を歌いつつも、なんだかんだどこのローカルアイドルも数少ないオリジナル曲を抱えているものだ。たとえどんなに曲としての完成度が高くなかろうと、いわば"勝負曲"として抱えているオリジナル曲にかけるアイドルたちの態度やその曲を迎え撃つ現地のヲタクの態度でそのローカルアイドルの面白さは何倍にも増す。
Jelly Beansもそういう意味では多くのカバー曲と数少ないオリジナル曲で勝負する、典型的なローカルアイドルだったかもしれない。しかし、その勝負曲の中でも、『シスター・コンプレックス』の傑出度はとてつもなく、彼女たちがJelly Beansというアイドルである存在意義そのものを歌っている曲だったと思っている。

Jelly Beansは「ダブルリアル姉妹ユニット」というキャッチコピーのとおり、"いくみん"・"こっちゃん"姉妹(赤と青)と、"みゆみゆ"・"あゆゆん"姉妹(ピンクと黄色)の4人で結成されたアイドルだ。姉妹のような〜というコンセプトのアイドルはいくつか思い浮かぶけれど、リアル姉妹でしかも2組となるとなかなかめずらしいし、コンセプトとしてはなかなか優秀だと思う。というのも、石を投げればアイドルに当たる時代、どこもかしこもアイドルだらけで、コンセプトも過剰になりがちだ。なぜかアイドルにはコンセプトが必要だと思い込んでいる作り手・運営は多く、コンセプトだけが先行していたり、そもそもコンセプトにとらわれすぎて全く面白くないことはよくある話。その中で、姉妹を2つ組み合わせてみました、といわれてみると、そこそこ珍しく、あ、姉妹なんだね、顔も似てるね、と素朴に納得できるし、特にそれ以上の何かがなさそうなバランスが実にいい感じである。
そうはいいつつも、『シスター☆コンプレックス』だけは特別だ。この曲はもはやJelly Beansそのものとしか思えない。何より一番好きなのは、間奏部分の振付だ。両姉妹がカンフー映画のように、足で蹴りを止め合い、手をつなぎ位置を入れ替えると、今度は手で攻撃を受け止め合い、そしてまた手をつなぎ分かれる。

大好きで大キライ ひとことじゃ言えない 一番近くにいる ライバルはmy sister

ただの仲良し姉妹ではなく、大好きで大キライ、ライバル。冒頭の歌詞で歌われるそんな関係がひと目で分かる振付けは本当に素晴らしく、とにかく大好きだった。
もう少し良く見てみると、姉妹はお互いと戦い、そして手をつなぐが、その関係性は姉妹の間で閉じており、いくみことみ姉妹とみゆあゆ姉妹の間のコミュニケーションは一切断絶している。ちょっと考えてみれば、この2姉妹がライバルなのも明らかだ。いくみんみゆみゆの姉2人は同じ学校のクラスメイト?で仲も良いはずだが、仲がいい分、ライバル心だって当然持っているはずだ。姉妹の間での戦いだけが歌われ可視化され、同時に一切語られない、相手の姉妹とも戦いが背中越しに行われているのを想像していみるともっと楽しい。


他の誰かと比べられても気にならないし素直になれる そう だけどこの戦いだけは絶対ゆずれない 負けられない
どうして ねぇ比べるの? 些細な言葉から傷ついて落ち込んで そして強くなる 負けたくない だけど勝ちたいわけじゃない


もっと深く潜ってみよう。
いつの時代からか、アイドルは常に戦いが求められるようになった。「戦わないアイドル」がコンセプトとして成立するほどに。アイドルはいつだって他のアイドルと比較される。ヲタクは戦いをアイドルに仮託し、"応援"し、安全なところからその勝ち負けから生じる感動に乗り合わる。ヲタクはアイドルの戦いに辟易としているが、一方で戦いの残酷さ・比較の残酷さの美味しいところは捨てられない。そんな葛藤を「シスターコンプレックス」という概念で包んで料理して、彼女たちがアイドルであること、姉妹であることの存在価値をもう一度我々の前で披露してくれる。


どんなに追いかけても 縮まらない距離を もがいてそしていつか 手が届く時まで
大好きで大キライ ひとことじゃ言えない あこがれとジェラシー 胸に渦巻いてる
負けたくないこの気持ち sister complex


コンプレックス。心理学者のユングはコンプレックスを「感情に色付けされた心的複合体」と定義したという。深い愛着と劣等感。アイドルにとらわれている我々ヲタクは、コンプレックスの塊といっても過言ではないだろう。アイドルへの愛着と深い自己嫌悪。逃避としてのアイドル。「どんなに追いかけても縮まらない距離」。それはアイドルを届かない恋愛対象としてみているという典型的なヲタク像にも、あこがれの対象、や自分への劣等感の裏返しとして、自分を写す鏡としてアイドルを見ているヲタクにも刺さる言葉だ。アイドルは元気をくれる。アイドルヲタクはよくそんなポジティブな言葉でアイドルを語るが、多くのヲタクにとっては、当然アイドルとはそんな単純なものではないだろう。希望と絶望、ジェラシー、遠い他者であり自分自身の鏡である。Jelly Beansは、アイドルをそうやって見ている自分にとって、アイドル・コンプレックスとでも呼ぶべき何かを、『シスター☆コンプレックス』という曲を歌うことによって、コンプレックス自体が彼女たちの在り方そのものなんだと、姉妹として彼女たちが在ることで我々の存在価値まで認めてくれているかのようだったのだ。


運命だね このままずっと永遠のライバル my sister


ラストライブの最後のMCで、「今日で私達はJelly Beansは卒業するけれども、これからも皆の心の中でJelly Beansは生きている」というような挨拶があった。それはありきたりな言葉かもしれないけれど、アイドル・コンプレックスにとらわれている自分にとってはまたなにか違った意味に感じられた。これまで彼女たちと話したことは殆どなかったし、最期の日もCDだけ買ってさらりと東武線に乗り込み栃木を後にしたけれど、自分ははじめから彼女たちの姉妹という関係性から一貫して排除されていたし、同時にとてつもなく身勝手に赦されていたのだあと、イヤフォンから流れる『シスター☆コンプレックス』を聴きながら深く深く自分の内面に潜りながら思う。

アイドルも自分自身も、大好きで大キライ。