ジュニアアイドルとグラビア/choice?/アイドルがステージに立つということ

アイドルと競争原理

昨年末あたりから個人的なアイドル現場がハロプロからいわゆる地下アイドル・ライブアイドルと呼ばれるところに移行したのは、ハロプロエッグの新人公演終了&人員整理という理由に加え、「アイドル戦国時代」というキーワードに必要以上の反感を抱いていたからだった。自分がAKB48に心の底から「乗れない」理由が、高度に完成されたシステムの中で、ヲタが一人の人間としてアイドルにかける思い・実存としての部分があまりにもうまくそのシステムの中に回収されてしまうことに対する危機感あるいは嫌悪感、そして過度な競争原理への反感であった。この競争原理への反感は、ハロプロAKB48といったトップ層を追随する様々なアイドルグループにも同様に当てはまるものである。
しかしながら、上昇志向を持つアイドルが持つ力というものはやはり素晴らしいのであり、彼女たちを否定する理由には成り得ない。ハロプロのファン、通称ハロヲタの中には、AKBという名前を聞くだけで拒否反応を示したり、あるいはそのグループとしての戦略・システムの問題点を論理的に非難しているようでその非難が的を得ておらず実のところ単に生理的な部分でAKBという概念に嫌悪感を抱いているとしか思えない人々も多い。だがしかし生理的に嫌悪感を抱くこと自体を非難することもまた困難であり、自分自身がそのような状態に陥らず、どこか心の底で「乗れない」思いを感じていながらも、楽曲やテレビ番組といったコンテンツで彼女たちの魅力を素直に享受できるようになったのは実に幸運だったと言えるのかもしれない。

「アイドル戦国時代」という呪縛からの開放 オトメ☆コーポレーション

この「アイドル戦国時代」という用語がアイドル界全体を規定しているかのような雰囲気及び過度な競争原理への反感・嫌悪感から素直に逃れることができたのは、「ハロプロ」という名前で守られていたハロプロエッグから一人で新たな世界へ飛び出した吉川友や、地下アイドル現場で出会った「オトメ☆コーポレーション」「choice?」という二組のアイドルグループのおかげであった。

以前にも少し触れたことがあったが、オトメ☆コーポレーションは都内のライブハウスで行われる地下アイドル現場でライブを行う一方、長野県伊那市出身のリーダーのなるみがFM長野の「echoes」という3時間番組のパーソナリティを務めており、長野県の祭りやショッピングモールなどでライブを行うという「地方アイドル」としての側面も持ち合わせている。またOLというコンセプトからわかるように現在22歳〜19歳という一般的なアイドルグループと比較すると年齢の高い3人で構成されており、低年齢のアイドルが見せる瞬間的な爆発力と輝きといった特色とは対称的に、息の長さを予想させる、温かみを持ち合わせたアイドルグループである。

choice?

もう一方のchoice?は、2009年に望月ゆな南彩乃山口えり高岡未來安西かなの5人で結成されたアイドルユニットであり、「おいも屋」に代表されるようなジュニアアイドルとしてカテゴライズされる5人によって構成されている。自分がchoice?と出会ったのは2010年末、当時は上原真央(一度脱退した望月ゆなが2009年に改名し再加入)、星野瑞映上原真央の復帰と同時期に加入)、安西かなの3人で活動していた時期であり、元々ジュニアアイドル事情に明るくなかった自分がほぼ唯一顔と名前を認識していた望月ゆな上原真央として活動していると知ったことをきっかけにchoice?のステージに足を運ぶようになった。
物販やステージで見せる彼女たちの魅力を文章で余すこと無く伝えるのは非常に困難である。今でこそステージで見せる魅力以外にも、物販でコミュニケーションを行う相手として一人の人間としての魅力を感じているが、choice?を見始めた当初は彼女たちが「ジュニアアイドル」という幼い「性」を切り売りするという側面が強調される決して歓迎されない記号の持ち主であることを十分に意識した上で、ステージの上で制服を身にまとい「清純派」とも言える輝かしい姿で歌い踊るというギャップを過度に読み込んでいた。

もちろん自分は5人時代のchoice?を見ていないが、楽曲からchoice?の物語について想像を巡らせてみることにする。
「桜の花びらたち」を想起させるスローテンポの卒業ソングであるデビュー曲「春のチャイム」や、アップテンポで可愛らしさを全面に押し出した2nd「Dokki Doki Days」、3rd「JUMP〜乙女の決意〜」5th「恋のコの字はハートのメール」は、一見凡庸な典型的アイドルソングのようで、その典型的なアイドル像が「性」に対して厳しく抑圧的であることの反転がゆえに魅力を持つように思える。4thシングル「とまどう恋心」と、発売は前後するものの同時期に発表された7th「悲しき運命」では方向転換が見られ、抑圧的であった性やジュニアアイドルという要素と結びついた背徳的な魅力が見え隠れする短調のメロディーラインで構成される2曲が続く。
6th「きらめき☆サマー」によって相反する初期と中期の楽曲群の魅力が止揚され、現代アイドルでは珍しくマイクスタンドを使用しフォーメーション移動もまったく行われないながら、Berryz工房の「笑っちゃおうよ BOYFRIEND」に通ずるような簡易ながらも独特な振り付けが妙に中毒性を持ち、アップテンポで観客を煽る縦ノリ系では決して無いにもかかわらずライブでは一番の盛り上がりを見せる怪曲が完成する。
8th「LAST WORD」9th「君の事、好きだった」では一転してテクノポップが続けて2曲リリースされたが、もはや説明不要のPerfumeにおいて語られつくされているように、ボーカル加工・無機質なダンスによってアイドル自身の身体性・choice?において特徴的なジュニアアイドルという生々しすぎる記号を一見消去しているようで逆説的に生身の人間に内在するアイドル性を浮かび上がらせるという方針が取られた。

この2010年末〜2011年初頭のテクノポップシリーズはあまりライブで披露されることは無いが、この時期に渡辺くるみ内田ひとみという新メンバーが相次いで加入することとなった。両者の経歴は定かではないが、少なくともジュニアアイドルと呼べる活動は無いようである。渡辺くるみはチアガール衣装でソロ曲を発表するなど「元気な最年少」というキャラクター付けがなされ、内田ひとみに至っては「choice?イチの優等生」というキャッチフレーズが示すように、両者とも「清純」を強調するメンバーであるように思われ、上原真央を例外として唯一の初期メンバーでありジュニアアイドルとしての実績・人気も高かった安西かなが5月で卒業したこともあって、4人全員が高校生となった新生choice?はもはや「ジュニアアイドル」という記号から切り離されたように思われた。4人の新生choice?となって初めてリリースされた10th「jewel」は、東日本大震災に対する強いメッセージ性が込められるなど、choice?の「変化」が強調された正統派の楽曲であった。
参考:http://ameblo.jp/choice-ff/entry-10877090050.html

choice?、約3ヶ月ぶりの新曲リリースになります。新メンバーの渡辺くるみ内田ひとみの加入後としては、初のシングルリリースです。
今回のタイトル『jewel』は、「宝石」ではなく、「大切なもの」という意味から名付けました。節目である10枚目のシングルという事と、先日のワンマン公演での確かな手応えから、choice?のこれからの意志を示すべく、choice?の楽曲としては今までにない力強い楽曲を制作しました。
当然、東日本大震災の影響もあります。誰もが感じた何も出来ない無力感からの脱却、そして生きるという事を、これからの世代であるchoice?が歌う意味を感じてもらえたら幸いです。
誰よりchoice?を想い責任を感じている上原、choice?のエースになる自覚がやっと出てきてくれた星野、成長著しくソロもこなすに至っている渡辺、マイペースながら確実に成長をしている内田、過去最強のchoice?になるべくここから出発します。
これからのchoice?には、色んな試練が待っていると思います。しかし、きっと4人で乗り越えてくれると信じています。もちろん皆さんの応援なくしては成り立ちえません。時に厳しく、時に優しくchoice?を見守ってください。
新生choice?の本格スタートです!ご期待ください!!

choice?プロデューサー
MURATA

ジュニアアイドルからグラビアアイドルへ 無限の可能性

さて、「アイドル戦国時代」の射程外である地下現場及び事務所主催定期ライブで着実にファンを囲みつつ、幾度のメンバー変遷とそれに伴う(明示はされないものの)コンセプトの変化の末にたどり着いたのが、マイナスイメージから反転して武器にもなり得た「ジュニアアイドル」という記号を捨て、よく言えば正統派、悪く言えば何も無いアイドルだったのだろうか。そのような不安を勝手に抱えこんでいた時期に突然飛び込んできたのは、上原真央内田ひとみミスヤングチャンピオン候補生セミファイナルに選出されたというニュースだった。

ミスヤングチャンピオン2011 エントリー者一覧
http://blog.y-champ.jp/entry/

候補者の中に先日choice?を脱退したばかりの安西かなの名前を見つけることができるのも皮肉なものである。望月ゆな時代から積極的にジュニアアイドルとして活動していた上原真央はともかく、「清純な優等生」キャラクターとしてイメージ付けられていた内田ひとみまでもがグラビアアイドル登竜門の賞レースに参加することは多少なりともchoice?を知るものには驚きを与えることであるように思える。
ここで改めて思い知らされたのは、自分がchoice?に「ジュニアアイドル」という記号を過度に押し付けていたこと、そしてジュニアアイドルとグラビアアイドルの境界線の曖昧さ、そして「アイドル戦国時代」に代表される競争原理の射程外に居たと思われていたchoice?が歌手活動をメインとするアイドルグループ界以上にAKB48の影響を受け厳しい競争原理が渦巻くグラビアアイドル界へ身を投じたことへのやるせなさであった。


アイドルを好きになる・応援する過程の中で、その対象がどれほど地下あるいはメジャーであるかに関わらず、多少なりとも対象を自分の都合のいいように(より好きだと思えるように)断片的な記号を読み込みキャラクター付けを行うことは誰しもが行うことでありまた決して否定されるべきことではないだろうし、それと同時にアイドルを一人の人間として尊重・尊敬することは両立可能であるように思われる。さらに言えば、人間であることと同時にキャラクター的であること、その両義性こそがアイドルの魅力であるはずだ。それゆえに例えば上に書いたように自分がchoice?についてジュニアアイドルという記号要素を過度に読み込んでいたことは自分なりのchoice?の魅力であって、他のファンがそのようなことをまったく意識していない、あるいは逆に意識的に封印したいと思っていることも十分考えられる。たとえ「清純派」内田ひとみがグラビア活動をすることが生理的に許せなかったとしたら、その時はchoice?から去るほかないだろうし、できることならその決定を尊重し、新たな内田ひとみおよびchoice?を応援していきたいと思っている*1

このようなグラビアの賞レースではネット投票やライブチャット、撮影会参加、グッズの売上など、ファンの行動が結果に反映される(とされている)のが常であり、まさにファンの思いがシステムに回収される構図の見本である。しかし考えて見ればアイドルという存在を好きになる/応援する上では、何かしらのシステムの上で行動することが求められるのは当然のことである。むしろそのシステムに甘えられることが重要な利点であってアイドルと恋愛の違いの大きなひとつであり、同時に苦しみでもある。揺れ動く様々な要素をあまり吟味せず直感的にその構図に「乗れる」かどうか、ひどく単純に言えばそれしかない。
自分がこれから上原真央内田ひとみのグラビアアイドルサバイバルにどれだけ加担できるかどうかは分からない。しかし、この活動がchoice?としてのステージに良い影響を与えてくれることを祈っているし、できることならばchoice?というユニット自体の場は競争原理からはある程度独立した安住地として存続してほしいとつい祈ってしまう。アイドルがそこにいること、それだけでアイドルを肯定できるのは果たして盲目的なのだろうか。答えは見つからない。
ユニット名の"choice"にはこれから始まるたくさんの未来をしっかり選んでいって欲しいという願いが、"?"には無限に広がる可能性という意味が込められているという。これからどうなるにせよ、choice?という名前が存続する限り、答えは見つからなくてもそれでいいのかもしれない。*2

かわいいってゆーな☆-望月ゆな1st.写真集

かわいいってゆーな☆-望月ゆな1st.写真集

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*1:このように書くと自分が内田ひとみことひとちゃんのグラビア活動に否定的なようだが、実際のところ結構楽しみにしている

*2:地方アイドルと地下アイドルの狭間でふわふわと活動し、安らぎを与えてくれるオトメ☆コーポレーションこそが約束の地であり、自分にはオトメ☆しか残されていないのではないだろうか、とも同時に思うのであった