ニューイヤーコンサート/サッカー中継/テレビ番組の未来


今日はテレビ番組研究の授業の発表日だったのだが、持ち込んだ動画がタイムライン(Lignes De Temps)で読み込めなかったので次週に持ち込み。


ニューイヤーコンサート班の発表があったのだが、これがとても素晴らしく興味深かった。
ニューイヤーコンサートの衛星放送によるリアルタイム放送が始まったのは1980年。発表者はニューイヤーコンサートのテレビ放送が時代の変遷と共に形式を変化させていく様を、「人の時代」→「音の時代」→「映像の時代」(→「場の時代」)と定義している。

1987年頃までは「人の時代」。指揮者を中心とした映像構成。強調したい楽器へのクローズアップなど古典的なカメラワークも使用されている。

1989年頃〜2004年は「音の時代」。人の時代と同様に指揮者を中心に構成しつつも、音楽を「聞かせるため」に映像が協力する時代。「指揮者と奏者のコンタクト」を映像化したのが画期的。

2004年からは「映像の時代」。2004年からハイビジョン放送が導入され、圧倒的な画質を利用して、楽曲に関係のないホール美しい装飾や風景などが映されるようになった。

2010年には大きな変化が見られ、不評であった(笑)一部・二部の間の休憩時間のゲストトーク黒柳徹子氏が毎年出演していた)をカットすると言う英断、そのかわりにリハーサル等のメイキング映像を盛り込んだ。またカメラの台数が増加し、天井に設置されたカメラから全体を見下ろすショットが増加し、「映像の時代」から「場の時代」へと移行するターニングポイントとなる可能性を秘めた構成をとっている。


以上が発表の要約である。

彼らがニューイヤーコンサートを研究するということで、僕も今年(2010年度)のニューイヤーコンサートを初めて意識的に見てみた。
まず一番感動したことは、圧倒的な映像美。地デジハイビジョン放送で映されるウィーン楽友協会大ホールの様子はひたすら美しかった。そして番組内で一番印象に残っているのは、ウィーンの洋菓子屋の様子やチョコレートをアップで延々と写しているロングショットである。え、コンサートなのに何関係ないウィーン文化垂れ流しちゃってるわけでも美しいんですけど笑 と思った。発表者によると今年の放送では120分中なんと50分もの時間コンサートと関係のない映像が流されていたらしい。納得。
もうひとつ思ったのは、発表者も指摘していたが、天井からのカメラの視点が多かったこと。これによって観客が映像内に映り込むことも多く、「あ、和服の日本人がいる」という発見も可能であった。そして指揮者のおじいちゃんが今にも死にそうな様子でふるふると指揮をしていたこと。いや、正確に言うと、彼、ほとんど手を動かさないのである。薄目になってみたり、笑ってみたりと、手の動き以外の、特に表情で楽団を操っていた。まさに演技派、テレビを意識しまくりである。このおじいちゃんはジョルジュ・プレトール氏、なんと85歳であるそうだ。


この発表を聞いて、また自分の目で今年の放送を見て思ったのは、「オーケストラがBGM化している」こと。コンサートの放送なのに、もはやメインは映像美であり、オーケストラは二の次の存在となっている。
しかしこれは「オーケストラの本質を捉えていない!」などと批判したいのではなく、むしろその逆で、オーケストラの新たな消費の仕方・楽しみ方をテレビ放送と言うツールを使用して見事に提示していることを大きく評価したいのだ。


コンサートを楽しみたいのならば会場に足を運べばいいのであり、テレビ放送は別物だよ、と割り切った放送づくりは潔く、それでいて斬新な構成・カメラワークによって一つの番組として非常にクオリティの高いものが出来上がっている。特に発表者が指摘した、「天井からのカメラからの視点で、ハープのオブジェを近影に配置し、そのハープのストリングの隙間からオーケストラのハープ奏者を捉えるというカメラワーク」には体が震えた。


これは僕が発表する予定であったサッカー中継の問題にも重なることなのだが、スポーツやコンサートなど、一定の場所(箱)で行われるイベントを生中継する番組を作る際に、二つ(あるいは三つ)の方向性が考えられる。
一つはこのニューイヤーコンサートの番組作りに見られるように、「その場で味わえる生の臨場感には叶わないのだから、カメラ・構成を工夫し、テレビでしかできない切り口でイベントの面白さを伝える」態度である。
そしてもうひとつは、「テクノロジーの利用により、テレビの前にいることを感じさせないような、ひたすら生の臨場感に接近する」態度である。
そして三つ目はその二つをハイブリッドさせた態度である。


「生の臨場感を目指す」ために利用されるテクノロジーは、地上デジタル・ハイビジョン放送や、5.1chサラウンド音声システム、さらには映画「アバター」で一躍有名となった3D映像などである。サッカー中継の話に絡めると、2010年ワールドカップではSONYの協力により3D映像による撮影・中継が行われる予定であり、NBLではすでに3D中継が実用化されているらしい。


アバターを鑑賞して素直にその映像技術に感心しつつも、その晩には猛烈な頭痛に悩まされた僕としては、サッカー中継の3D化がどのようなものになるのかはまだ想像しにくいが、その技術革新を好意的に捉えていくつもりだ。


さて話は若干変わるのだが、サッカー中継におけるカメラの効果というものを考えたとき、自分自身が見られていること(be watched)/自分自身を見られること(can watch)の二つの効果が発生する。前者は審判の目というべきもので、フーコーの規律訓練論的な効果が発生すると思われるが、ここでは割愛する。
さて、後者の自身を上空から俯瞰する視点を手に入れた時、プレイヤーは、すくなくとも僕がプレイヤーとして実際にサッカーのゲームを行うときは、あたかも自身が「ウイニングイレブン」をプレイしているかのような気持ちで、フィールド全体の空間を俯瞰する視点で捉えてスペースを埋めたりパスを貰える位置へ移動したりといった、「プレーのゲーム化」が起きていることに気づいた。そして、この「ゲーム化」という視点は、プレイヤーだけでなく視聴者にも起きているのではないだろうか。
サッカー好きのあなたは(サッカー好きでなくとも)、テレビ中継されるサッカーの試合を見ながら、「柳沢なぜ打たないんだアアア!!」と怒り狂ってみたり(古い)、「トゥーリオ戻れ右サイドカバーしろ馬鹿おい馬鹿!!」と怒り狂ってみたり、「内田よし突破しろ!いけ!っておいバックパスかい!!」と怒り狂ってみたりしていないだろうか。俺ならこうする、というより「俺ならこう操作する」というゲーム感覚で試合を見ていないだろうか。


この視聴者のゲーム感覚化に対応していると思われるのが、(主に)日本の民放に対する「中継技術が低いことへの不満」である。一般的にサッカーが好きな視聴者は引きの(俯瞰の)視点を好む傾向にある。その方がパスの出しどころや、選手のオフザボールの動きなどが把握できるからである。民放はよく人気選手のアップを抜きたがる傾向にあり、サッカー好きの視聴者は無意味なアップを手厳しく批判する。


この俯瞰の視点を好む態度はまさに「ウイニングイレブン(またはFIFA)」の視点を求めている態度と言えるのではないだろうか。


さて、このゲームプレイヤー化した視聴者に対して提示されている新たな試み(といっても数年前から実施されている)のが、「多チャンネル放送」や「データ放送」、さらには「virtual replay」という技術である。


順に説明すると、多チャンネル放送は、スカパー等が行っているサービスで、俯瞰の視点(主に国際映像)、アップの映像、特定の選手を追い続けている映像など、同じ試合での複数の視点の映像を放送するサービスである。これによって視聴者はその興味関心に沿って映像を選択、さらにディレクターのごとく複数の映像をスイッチしながら、または画面を分割して同時に視聴することが出来るのである。


データ放送はご存知のように、試合に関連するメタ情報を受信できるサービスである。サッカー放送の場合、試合の流れを文字情報でハイライト化したり、各チーム各選手のシュート数・パス数・イエローカードの数・走破距離(これは最近の民放の日本代表戦においてテロップとして表示されていた)など、これまたウイイレファンにはおなじみのデータが揃っている。
参考URL 2006年ワールドカップにおけるHNKによるデータ放送
http://www.nhk.or.jp/pr/keiei/shiryou/kaichou/2006/05/001.pdf


さて最後のvirtual replayとはBBCなどが行っている、重要シーンの3D化であり、早い話がウイニングイレブンのリプレイ機能である。各選手や上空・ボールなどの視点を選択でき、ある場面のリプレイを再生・巻き戻し・一時停止できるサービスである。
Adobe社のshockwave playerをダウンロードして、是非見てみて欲しい。

shockwave player
http://www.adobe.com/jp/shockwave/welcome/

BBC sports virtual replay
http://news.bbc.co.uk/sport2/hi/football/world_cup_2006/5062142.stm?goalid=500103

2006ワールドカップ 日本対クロアチアの、かの有名な「Q(急に)B(ボールが)K(来たので)」のシーンである。ぜひ柳沢視点に設定し、いかにボールが急にやってきたかを追体験してみて欲しい笑 キーパー視点で「ゴール前でノーマークの選手にパスを出されて無人のゴールに叩き込まれると思ったら股を抜かれてボールはゴールを外したでござるの巻」を体験してみるのもいいかもしれない。



さてここで話を戻し、中継番組のあるべき姿とはという問題を考えたとき、さらに技術が発展すれば、virtual replayのような複数視点+3D映像を組み合わせ、あたかも試合中にフィールド内にいる、または選手の視点でプレーを行っているような体験が可能になる時代がくるのではないか、という予想を立ててみたい。

以下に2005年に行われた第一回デジタルコンテンツシンポジウムで発表された「サッカーのインターネット中継が可能な自由視点映像方式」という講演予稿のpdfファイルを見て欲しい。このような描写システムに3D映像中継・5.1chサラウンド音声システムなどを組み合わせれば、決して夢物語ではなく、近い将来に実現できる斬新なテレビ番組(もはやテレビ番組と言えるかはさておき)ができるのではないだろうか。
http://www.am.sanken.osaka-u.ac.jp/~mukaigaw/papers/DCS2005-Live3DVideo.pdf


アバター」を鑑賞後、実にゲーム的な映画だなという感想を抱いたのだが(実際ゲーム化するであろう)、テレビにおいても「ゲーム化」は一つのキーワードと言えるのではないだろうか。


コンテンツとアーキテクチャの二項対立と絡めて論じることも考えたが、あまり効果がないと判断して今回はこのような形でまとめてみた。


メディアによる身体性の拡張はどこに行き着くのであろうか?
果たしてこのような番組は「楽しい番組」と成りうるのだろうか?


まとまりがなくなってきたが、とにかくニューイヤーコンサートのテレビ放送はおすすめです。DVD化もされているので、ぜひ。

ニューイヤー・コンサート 2010 [DVD]

ニューイヤー・コンサート 2010 [DVD]