好きなアイドルを泣かせた
好きなアイドルを泣かせた話。
ほぼ3年間アイドルを見ていないフランス生活から、昨年夏に、犬も歩けばアイドルイベントに当たる日本に帰ってきて、さて自分はアイドルに情熱を傾けられるのか?もうヲタクとしての自分は死んでしまったのではないのか?などと自分を疑っていたら、3年前に好きでたまに大阪まで見に行っていた中学生アイドルがまだ活動を続けており、今では本拠地大阪より東京のほうが人気なようで毎週のように東京に来るので、自分でもさすがに節操なさすぎだろ、と苦笑してしまうくらいに毎週のようにその中高生アイドルグループの現場に通うようになってしまった。
いきなり全力アイドルヲタクライフに染まるようになったとはいえ、ヲタクとしてのスタンスがそう変わるわけでもなく、毎週のように同じ現場に通っていながら周りのヲタクとは全く馴れ合わず話さず、よっしゃ行くわけでも肩を組むわけでもなく、自称:異邦人または孤高の存在、あるいは唯一のヲタクの友人の評では「仲間外れ」状態で、仕事が尋常ではない忙しさの中で日々の唯一の楽しみとして毎週末をそのアイドルとともに過ごしていた。
そのグループが好きな理由はいくつかあって、少なくとも4年前に初めて見たときには明らかに東京女子流を意識している中学生アイドルグループであったことや、端的に顔が好きなメンバーがいるという要素もあるけれど、毎度の物言いながら、自分が「何物にもなれない」な現場である、という要素も大きいと思う。
成り立ちが小・中学生キッズアイドルで、そういう性癖・好みを持つ人からするとルックスレベルも高いことから、いまやメンバーの大半が高校生であるとはいえ、明らかにヲタクの年齢層が高く老人だらけで、対バン現場やレギュレーションなどもろもろの要素で半分以上がカメコでバズーカのようなレンズを構えた猛者たちが集う現場である。カメコ以外はというと、声を出しているヲタクもいるが、事務所の先輩グループの一部の曲を除き、ヲタクの集団芸やMIXが面白いと感じるような芸風のアイドル現場ではなく、そうなると必然的に若いヲタクが寄り付かない。そのように基本的には冴えないおぢヲタク達たちがカメコをするかはしゃぐのいずれか、という現場だ。
そんななかで自分はというと、カメラは買ってみたものの高価なバズーカレンズを構えるわけでもなく、かといって一部のはしゃぐヲタクと一緒に声を出して楽しそうにしているわけでもなく、中途半端にくねくね立っているだけの本当に中途半端な存在である。高価で性能の良いカメラを買って撮影会にも参加してきれいな写真をバシバシとXに投稿してメンバーたちの自尊心をくすぐったりファンを増やしたりするでもなく、声を出したりはしゃいだり踊ったりしてわかりやすく応援しステージの上の彼女たちに満足感をあたえるわけでもなく、タグもつけず中途半端な自分好みの写真をこそこそXに投稿しては、感想やら不満やら何を言ってるのかわからないような長文ツイートをうだうだと連投するネット弁慶中年男性である。でも、若いヲタクがほぼいない中で弱者男性おぢ達の相手をし続けるそのアイドルグループのメンバーたちは、そんな中途半端な自分にも笑顔を振りまいてくれる。
そんなメンバーの中で、丸い顔が好きとかいつも元気で感情表現がまっすぐでうるさくて表情がころころ変わるところが好きあるいはやっぱり顔が好きなどいろいろな理由があるけれど、そんなこんなでとある高校生メンバーのことが一番好きで、毎週そのメンバーの物販に行くようになった。しかし、相手は高校生、こちらは大人(中年男性)なので、もはや会話をするだけで暴力性のかたまり、紛うことなく端的にハラスメントである。1分でなにか中身のある話ができるわけでもなく、たいてい相手がわーーーっとハイテンションで話しかけてくるので、こちらもたわいのない話をして終わり。愛されたい好かれたいとかいう欲求はさすがに乗り越えて(いるつもり)であり、いかに相手を不快にさせないか、ハラスメント度を薄めたうえでいかに自分が楽しめるのか、という点に腐心しながらの日々であった。
カメコやはしゃぐヲタクなどの型にはまれない自分が逆に好き、などと自分自身を理解したようなそぶりを見せているし、ある程度ヲタクとしての経験もあるので、「これ以上のめり込んだら危ない、楽しめなくなる」というラインもある程度わかっているつもりである。本当に保守的で斜構な自分だけれど、でも、海外生活から帰ってきて、すこしだけ人生観が変わった部分もある。人生は短いし、海外の人々のようにもっと傲慢で自分を通しても損はしない。人生は短いし、20代の時のように若くエネルギーがあるわけでもないのだから、節操がないと思っても、もっとチャレンジしてもいいこともあるはず、そう思えるようになった部分がある。
そんなかっこいい決意が例えば転職など人生のかっこいい決断につながればいいのだが、そうもいかないちっぽけな人間なので、その決意は、好きなアイドルの仙台遠征という珍しいイベントで、話すヲタクなど一人もいないので普段なら絶対に行かないであろう「オフ会」に参加しよう、という決断を後押しすることになったのであった。
文字にすると改めて心底ばからしいのだが、中高生アイドルのオフ会という犯罪すれすれのイベントであっても、普段と違うことをすることに対する緊張と胸の高まりを感じるのは楽しかった。イベントごとは、なんだって準備が一番楽しい。オフ会の内容は、カラオケと、お食事会だ。先月にそのアイドルの本拠地大阪のイベントに参加しつつ大阪在住の唯一のヲタクの友人に会いに行った夜は、普段飲まない酒を飲みながら、何時間もカラオケのシミュレーションをして友人と飲み屋で徹底討論した。もしメンバーに急に歌えと言われたら、大人と子供で世代が違う中で、どの時代のどんなジャンルのどんな曲を歌うべきか。皆お見合いになったらメンバーにどんな曲をリクエストしたら盛り上がるか。あらゆる場面を想定して曲のリストを作り、そのまま深夜にカラオケに突入して片っ端から歌ってみて、これはお通夜、これは調子に乗っている、この曲は意外とあり、などとわーわー騒ぎ、しまいには私の一番かわいいところの「わたし」の部分を好きなアイドルの名字にして歌う偏差値3の替え歌を作って中学生男子のようになって笑い転げているときが心底楽しかった。飲めない酒に酔って情緒が不安定になりすぎて、カラオケから帰って寝付けずに新大阪駅のホテルのベッドの中で深夜3時にさっき友人と笑い転げた替え歌を小声で練習しながら謎の涙を流しながら寝落ちした夜が一番わけがわからなくて楽しかったと今振り返って思う。
そんなこんなで参加した先週土日の仙台遠征とオフ会。カラオケは結論から言うと本当に酷かった。ある程度そうなるとはわかっていたとはいえ、予想と違う展開が起こりすぎて、シミュレーションはほぼ無駄となった。まずオフ会会場のカラオケ付きレンタルルームがビルの地下の小さな飲み屋が立ち並ぶ一角のスナックの居抜き物件で、その時点で中学生メンバーが夜19時にその場にいてはいけない空間である。飲み会の後にその場に集合したであろう、自分以外全員顔見知りのヲタクたちは、チューハイ缶とビール缶を持ち込みすでに酔っている。謎の機材トラブルでマイクとモニター画面が繋がらない中で歌声をかき消すうるさすぎるヲタクのコールに、音楽偏差値マイナス55であえてアイドルの歌を邪魔をしていているとしか思えないほどテンポがずれているMIX。そんな有様を「ゴリラの動物園か」と突っ込み「本当に邪魔!」と怒るメンバーたちはたしかにかわいくて面白かった。友人とのシミュレーションではさすがにメンバーがヲタクに歌を振ることも後半にはあるだろうとの想定をいとも裏切り、序盤も序盤の3曲目あたりにいきなり「うたっていい!?」としゃしゃり出て突然全力で郷ひろみを歌いだし主人公になるおっさんヲタクは、メンバーの大爆笑をさらい、もう勝ち目がない。自分が用意してきた浅はかな手札を切る瞬間は永遠に来ず、一人シラフで眉を顰めハハハと力なく笑いながらせめて自分だけはテンポを合わせようと手拍子をするだけでカラオケオフ会は終わった。
カラオケオフ会で改めて嫌というほどに思い知らされたのは、アイドルは好きだが、とにかくヲタクが嫌いであるということ。しょーもないヲタクがいやだいやだと思いながら毎週彼らと同じ空間に吸い込まれてしまう。そこから逃れられないヲタクである自分も含めて、ヲタクは心底くだらない存在だと思っている。こういう言い方で、自分も含めてヲタクが最低な存在だとあたかも自分を低い位置において自虐しているようでいて、心の底では、どこか周りのヲタクを見下している。カメコにもなりきれない、はしゃぐヲタクにもなりきれない一方で、どちらにもなれない中途半端な自分が好きということは、要するに、同時に周りを見下して自尊心を保っているということに他ならない。物販で明らかに会話がかみ合っておらず通常のコミュニケーションができないヲタク、手拍子や合いの手が絶望的にずれている音感がないヲタク、自分では面白いと思っているのかMCで茶々入れてヤジを飛ばしてアイドルや周囲を不快にさせているヲタク。それよりは、なにもしない自分のほうが「まし」ではないか。そう思っている自分がそこにはいる。
若いころ、20代の頃は、間違いなく、好きなアイドルから好かれたいという気持ちがあった。そこから年を経て、良くも悪くもいろいろな経験をしてきて、いまは好きなアイドルから好かれたいというよりも、不快だと思われたくないという気持ちのほうが強くなっている、と自分では思っていた。オフ会で、好きなアイドルからの不快度が周囲よりも低いことで、周囲のヲタクよりも自分が価値のある存在だと思いこんでいる自分がいた。
そんな浅はかで情けない思い込みのせいで、遠征最終日、最後の食事会で、事件は起きた、いや、起こしてしまった。普段の1分間の物販と全然違う距離感と時間感覚の中で、一番好きなアイドルと同じ空間にいることに感覚が麻痺したのか、つい気が緩んでしまった。何を勘違いしたか、一番嫌っていたはずのヲタクの「いじり」が面白いコミュニケーションであるかのような無意識が出てしまった。あれだけ「いかに相手を不快にさせないように」普段心がけてきたはずだったのに、隠しきれない性根が出てしまった。面白い会話だと勘違いしたこちらの煽り風の言葉に対して、一番好きなアイドルが泣きまねをしているのかと思ったら後の祭り。しまった、これほんとに泣くやつだ、と気づいた瞬間にダムが決壊したかのように泣き出してしまい、こちらは顔面蒼白。横で一緒に同じ程度の言葉の強さで「いじり」を投げかけていた面識のないヲタクが慌ててスマホで自身の笑える画像を泣いているメンバーにみせながら赤子をあやしているかのように道化として振る舞い、ギャン泣きを泣き笑いに変えている様子が心底偉すぎると思いつつ、固まるしかできない自分。なんて無力で最低なんだ。
一番好きなアイドルを泣かせたことにより、自分がいかに周囲のヲタクを見下していたか、そして同時に、自分が見下していたヲタクと同類、いや、完全にそれ以下の存在であることを心の底から思い知った。いい写真を撮ってくれる方が、笑顔ではしゃいで声を出して盛り上がってくれる方がアイドルからしたら3000%絶対嬉しいのに、それができないならせめてヲタクとアイドルの安全な定型コミュニケーション・お約束の世界に閉じていればやけどはしないのに、型に「すら」はまれない自分が、なにもしていないだけなのに何か特別であるかのように思い込んでいただけの哀れな人間であることを強烈に思い知らされた。
好意とは、コミュニケーションとはすなわち暴力であり、それは相手がアイドルであっても人間である限りそのコミュニケーションの本質は変わらない、そんなことを理解していますというふりをしていて、全然わかっていないから泣かせた。こんないい歳をして。
投げかけた言葉のどれがライン越えだったかといわれたら、もしかしたら一つ一つはセーフだったかもしれない。「どこに泣く要素あった!?笑」と気を遣って突っ込む横にいたリーダーの優しさが逆に身体と心に突き刺さり、特定の一言がラインを超えたのではなく、相手を不快にさせないという当たり前のことを忘れたというその態度、そして周りを見下している慢心そのものが好きなアイドルを不快にさせたことにつながったのは間違いがなく、それが一番情けなかった。自分は、自分が見下していた周囲の不快なヲタクそのものであり、何者にもなれないのではなく、孤高の存在ではなく、異邦人ではなく、単にその日一番不快なヲタクそのものであったのだ。
日々生きている中で、特に平日に仕事をしているときは、毎日忙しいけど周囲とはそれなりにうまくやれていると思うし、仕事だと割り切れば「相手がこう思うだろうからこうしよう」と常に考えながら仕事を回し、一定の目的のために人間関係をまわしていくこともそう困難なことではない。他方で、相手は高校生だから、アイドルだから、と頭でわかっているつもりでも、その人間のことに多かれ少なかれ好意を持っていると、自分でもびっくりするくらいわけがわからない失敗もするし、真剣に落ち込む。そういうことって日常生活だとあまりないし、そうやって自分が本当に愚かであると心から反省することもそうはない。これも、いい意味でも悪い意味でも、アイドルを、すなわち人間を好きになるということなのだろう。びっくりするくらい落ち込んで悪夢も見て、一晩たって寝不足のままそれでも月曜は仕事にいかなければいかなくて、疲れ果てて帰ってきてまた寝て、そして火曜の夜になってようやく少し落ち着いて反省して思い返す土日の出来事であった。
そしてつくづく思うのが、自分はそんな自分の気持ちをこうやってネットで書いてしまう人間だということ。少し相手の気持ちになって考えてみれば、仮に自分が「アイドル」という存在であれば、相手(ヲタク)が100%悪かったとしても自分が泣いてしまったことで相手を落ち込ませたとすれば、それを申し訳ないと思うに決まっている。それならば、ヲタクとして一番正しいふるまいは、ごめん反省している、と一言あやまって、ネットには何も書かず、次に会う時から楽しい様子を見せるのが一番に決まっている。それがわかっていながら、こうやって「アイドルを泣かせた」とぐだぐだぐだぐだお気持ちをまき散らしていることこそが一番相手からしたら不快だと思う。そして、そこまでわかっていますよと二重にエクスキューズしつつも、それでもこうやって自分の予想を超えて(悪い方向に)心が動いたことについて、文章に残して表現しておきたいという人間なのだということ。こうやって他人(もしこれを読んでいるとするならば、アイドルや当事者のヲタクたちも含めて)を不快にさせながら、また自分を知り、生きていくのだ。
気持ちを切り替えて前向きに生きるために新しい何かを始めよう。そう思って、フランスから帰ってきてから漫然と続けていたがついに朝帰りの仕事が続いて連続レッスン記録が380日で途切れてから放置していたduolingoのレッスンを、フランス語から英語に切り替えて再開することにした。今日の連続記録は3日目。これは、図らずも自分が一番好きなアイドルを泣かせた日からのカウント、戒めである。